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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1571号 判決

控訴人 嶋田政太郎

被控訴人 和歌山県

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、海南市日方一二八九番地、新浜製材工場水面貯木場の原判決末尾添付図面中の(ホ)、(ヘ)の水門の前面に設けられた排水用コンクリート柱、及び同塀と、同図面中の(ロ)、(ハ)間に設けられたコンクリート堰堤、同排水口を除去し、同図面黒斜線部分の土砂を平均潮位より二米の深さまで除去せよ。被控訴人は控訴人に対し、控訴人が右図面中の(ロ)、(ハ)間を通り、その黒斜線部分を経て、同図面中の(ホ)の水門に至る材木の搬入を妨害してはならない」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において「公有水面埋立法第五条第四号に所謂「慣習により公有水面より引水をなす」とは、その文言どおり単に海水を引き入れることのみを内容とするものではなく、海水を材木の流入に使用することも亦包含せられ、またそれは人為的な海水の引用のみならず、天然現象による海水の引水をも含むものであるところ、控訴人は潮の干満と、水門から貯木池までの狭隘な水路と水門を人為的に設けることによる海水の落差による流水の力を利用し、満潮時水門の扉を開き、筏を解くことにより、原木を自動的に貯木池に流れ込ませ、順次これを搬入しているのであるから、控訴人の右海水の流木的利用は明らかに右条項の引水に該当する。そして、本件公水使用権は、原判決に摘示するほか、昭和二〇年頃訴外株式会社海南造船所が貯木のため公水を使用し始めた時に発生し、控訴人において右権利を承継したこと、仮りにそうでないとしても、控訴人自身が昭和二三年頃右公水使用権を取得したことをも主張するものである。なお、本件水路の北側には道路に沿つて幅約三米の排水路が存置せられているが、これは本件埋立工事をなした水路周辺に存在する病院、工場、住宅の汚水の排水のために設けられたものであつて、同排水路は、控訴人の設置する水門より西方約五〇米の地点より暗渠、即ち埋立地面の下にコンクリート管を約二〇〇米に亘つて敷設したものであるから、右暗渠を通り控訴人の設置する水門附近まで流入する海水量は極めて少量であつて、原木を貯木池に流入せしめることは到底不可能である」と述べ〈証拠省略〉たほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(但し、証人伊藤辰三を伊東辰三と訂正する)。

理由

本件貯木池が原判決末尾添付図面(ホ)の水門を経て水路に出、更にこれを約一五〇米下つて黒江湾に通じていたところ、控訴人が船舶により海上運搬をしてきた輸入材等を、大阪湾その他の港湾において買付け、筏業者に依頼してこれを海上輸送して黒江湾に至り、右図面の水路(巾約二五米)経て(ホ)の水門入口まで搬入し、水門入口において筏を解き、満潮時に一斉に水門の扉を開き潮の落差を利用し、海水の噴入する勢に乗じて自動的に材木を貯木池に流れ込ませ、順次これを製材していたものであることは当事者間に争がないところ、控訴人は、右公水の使用は、公有水面埋立法第五条第四号の「慣習により公有水面より引水をなす」場合に該当する旨主張するに対し、被控訴人はこれを争うので、まず控訴人にその主張のような慣習に基く公水使用権があるかどうかについて審究するのに、成立に争のない甲第一六号証、原審証人嶋田源之佑の証言により真正に成立したものと認められる同第三ないし第九、第一一、第一二号証と原審認人沢辺裕一、同井上雅瑛、同中兀鉄司、当審証人嶋田源之佑、同山田敏清、同伊東辰三の各証言、当審における控訴人本人尋問の結果、検証の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、本件土地附近はもと海面であつたが、明治初年頃公有水面の埋立により造成せられた陸地で、通称新浜及び築地よりなり、右埋立により造成せられた両岸の陸地所有者等の便益のため、その間に水路が存置せられたのであるが、爾来、新浜地帯では右水路を利用して大規模な塩田がなされていたところ、本件貯木池も亦当初は塩田として使用せられ、前記(ホ)に水門を設置し、塩田用潅水のため海水を引水して塩田業が行われていたのであるが、亡林嘉兵衛が明治二六年一〇月三日これを買受けてから後も、前同様の方法によりこれを塩田として使用してきたが、大正初年頃右塩田業を廃止し、これを養魚池として使用することになり、爾来前同様の方法で海水を引水して養魚業を営み、昭和九年一二月七日右嘉兵衛死亡後もその家督相続人たる林喜兵衛がこれを引継いできたところ、昭和一二年頃右喜兵衛はこれを廃止し、その後はそのまま放置していたのであるが、昭和二〇年頃に至り喜兵衛は本件土地を株式会社海南造船所に賃貸したので、同会社においては爾来前記水門を利用し、潮の落差により材木を流入せしめる方法によりこれを貯木池として使用していたが、昭和二三年には更に控訴人が右喜兵衛からこれを賃借し、前記の如き方法により海水を使用し、これを貯木池として使用してきたもので、かくの如き材木の流入は昭和二八年頃からは控訴人の営む製材業の取扱数量中の約八割にも達し、控訴人に対し多大の利便を与えていたこと、これらの公水の使用に対しては、未だかつて、附近の住民は勿論何人からも異論の出なかつたことが一応認められ、他に右認定に反する確証はない。そして、海水の使用は一般に何人もこれを自由になしうるところであつて、これを以て直ちに権利と看做すことはできないが、前記塩田及び養魚のための海水の引用はその土地所有者が多年平穏且つ公然に継続してこれを行い(塩田のための海水の引用については亡林嘉兵衛が所有権を取得する以前にすでに二〇数年経過、養魚のための海水の引用についても二〇数年継続)、これにより特殊の利益を享受し、その利益は生活上必須の利益と目され、法律上これを保護すべき価値があるのみならず、一般に正当な使用として承認せられていたことが明らかであるから、右海水の引水は慣習により生じた公水使用権というを妨げず、亡林嘉兵衛はその前主から、本件土地所有権の取得と共に右塩田用潅水引水権を承継し、林喜兵衛は右嘉兵衛から家督相続により養魚池引水権を承継したものといわねばならない。しかし、喜兵衛は昭和一二年頃右養魚池を廃止し、昭和二〇年頃右土地を訴外会社に賃貸するまでこれを放置していたのであるから、右喜兵衛の公水使用権は事業の廃止による使用目的の消滅により消滅したものというべきである。そうすると、控訴人ないし訴外会社において右喜兵衛の公水使用権を承継したことを前提すると控訴人の主張は失当といわねばならない。そこで、右訴外会社ないし控訴人においてそれ自身において慣行上の公水使用権を取得しているか否かについて考えるのに、訴外会社ないし控訴人において海水を使用しての材木の流入により可なり利益を享受し、殊に控訴人においては昭和二八年以降はその事業の約八割がその恩恵に浴していたのであるが、その使用年数は訴外会社においては僅かに三年、控訴人においてもせいぜい一〇年余にすぎないのであるから、右使用は未だ慣行となり法的確信にまで高められたものとは到底解せられず、未だ自由使用の範囲を出でないものというべく、右利益も亦自由使用の反射的利益にすぎないものであつて、これをもつて権利ということはできない。もつとも、当審証人伊東辰三の証言と当審における控訴人本人の供述を綜合すると、被控訴人がさきに高潮対策のため本件水路入口に防潮堤を造らんとした際、控訴人等の陳情により右防潮堤の設置を取止め、樋門を設置したことが認められるが、高潮対策の性質に鑑みると、右樋門の設置は被控訴人が控訴人等の権利を承認したというよりは、前記反射的な利益を尊重し、控訴人等の意向に従つたにすぎないものと解せられるから、未だ右認定を左右するものではない。のみならず、公水使用権は土地所有権に附随する権利であるから、本件土地の賃借人にすぎない控訴人においてこれを取得するに由ないものである。

そうすると、控訴人は公有水面埋立法第五条にいう「慣習により公有水面より引水をなすもの」に該当しないことは明らかであるから、被控訴人が控訴人の同意なくして本件埋立工事を施工しても、右公水使用権を妨害したものということはできない。

また成立に争のない乙第一、ないし第四号証と、原審並びに当審証人山田敏清、同伊東辰三、原審証人中村進の各証言並びに当審における検証の結果を綜合すると、被控訴人の施行する本件埋立事業は、国の施策でもあり、殊に和歌山県の重要施策である和歌山県北部臨海工業地帯建設の一環として海南港の整備埋立による宅地の造成を目的とするものであるところ、右工事の予算は四九億余円で、これにより約四七万坪の宅地を確保せんとするものであつて、すでに数億円の巨費を投じ、すでに右土地造成計画中第一港区即ち本件水路を含む前記図面の赤斜線部分の埋立を完工しその南岸には三万屯級の船舶の接岸が可能になり、右完工地中の本件水路部分には紀勢西線海南駅から幅員一〇米の鉄道、国道四二号線から幅員一五米の道路を開通させ、造成宅地との交通輸送を円滑にする予定になつていることが認められ、他に右認定を覆すに足る確証はないところ、本件仮処分として控訴人は被控訴人に対し既設施設の除去と前記図面黒斜線部分の土砂を平均潮位より二米の深さまで除去することを求めるのであるが、右請求はもとより不能の工事ではないけれども、多大の費用と労力を要するのみならず、控訴人主張の如き土砂の除却がなされた場合には、被控訴人の前記公共事業は重大な支障を来すか、さなくとも鉄道、道路の施設に極めて多額の費用を要するに至ることは自ら明らかである。かくの如くその除去につき多大な物資と労力の空費を来し、社会経済上の損失が少なからず、また公共事業にも重大な影響を及ぼす場合には、たとえ控訴人主張通りの権利が存すると仮定しても、右の現状において、控訴人主張の損害と被控訴人について生ずべき右の重大な損失とを比較考量するときは、控訴人については未だ被控訴人に対し仮処分としてその主張のような妨害排除を請求する必要性は認め難いものといわねばならない。

そうすると、控訴人が慣行上の公水使用権を有するものとし、被控訴人に対し妨害排除を求める控訴人の本件仮処分申請は失当というべきである。

よつて、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべく、民事訴訟法第三八四条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 大野千里)

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